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4.24.2011

被曝量数値の意味するもの

原発の事故とそれに伴う放射性物質の原子炉外への逸失に関して様々な数値が飛び交っている。それが何を意味するのか、特に人体、子どもの体にどんな影響を及ぼすのだろうかが、日本国民の最大関心事だと思う。これは難しい問題で、「これだから、こうだ」と断言することは出来ない場合が多い。放射線の健康への影響には不確定要素が多い。それにもかかわらず様々な主張がなされていて、安心感を与えたり、不安感をつのらせたりしている。
この原因は、内部被曝の放射能の影響を正確に判断するのが殆ど不可能だからである。原爆・原発が開発されて以来、様々な公的、私的機関が、放射能の影響を調査・研究してきたが、それは主として外部被曝についてである。内部被曝に関しての組織的調査・研究はほとんどない。チェルノブイル原発事故後の健康被害は、内部被曝に起因するが、被爆量との相関性は、詳しくはわからない。
まず外部被曝と内部被曝の違いを簡単に説明しておく(不必要かもしれないが)。原爆/原子炉内で放射性物質ができ、それが、外部に出る。それは、ガス状であったり、化合物として水に溶け出たり、微小な粉末になって飛び散ったりする。これらから放射線が出て来るが、それが人体にあたって影響を与える。これが外部被曝。しかし、放射性物質である粉を吸い込んだり、放射性物質の溶け込んだ水や牛乳、またそれが付着していたり、すでに中に入ってしまっている野菜や肉、魚などを食べることによって体内に放射性物質が入り込んで、そこで回りの体組織に放射線を浴びせるーこれが内部被曝です。外部被曝は比較的影響が少ない。放射線の透過力があまり大きくないので、主として表面近辺の被害である。ただし、大被爆量になれば、かなりのダメージを内部にも及ぼし、急性放射能症状を呈し、死にいたることもある。それに対して、内部被曝では、少量でも体の内部の組織が直接攻撃されるので、被害は大きい。
ただし、地球上のあらゆる生物(人間も)は、自然状態で、外部被曝のみならず、放射性物質による内部被曝にいつも晒されていることは事実で、それをある程度修復する機構は内蔵している。そうでなければ、いままで生物は進化してこられなかったはずである。その主なものの一つは、遺伝子DNAを修復するもので、何らかの原因(放射線照射も)でDNAの一部が壊れたり、間違って作られたりすると、それを監視する機構があって、間違いを見つけ、それを切り取って正しいものをつけ直すことができる。
 放射線によるガン治療の専門家(http://tnakagawa.exblog.jp/15239706/)によると、正常な細胞では、100—200mSv以下の放射線量であれば、放射線で受けた遺伝子の傷のほとんどは、2時間以内に修復されるそうである。傷を直せなかった細胞は、自殺することで、傷の影響(ガン化など)を防ぐこともする。最も問題なのは細胞分裂をコントロールする遺伝子が傷を受けた場合で、無制限な細胞分裂(ガン)に発展する可能性がある。この専門家の記述ではガンしか扱われていないが、細胞への放射線の影響は他にもいろいろあり、細胞や組織が放射線により化学変化をうけて正常に機能しなくなるはずだが、その詳細についてはまだわかっていない。ただし、ここで問題にされているのは,外部からの照射と思われるので、この被爆値100—200mSvの内のどれほどが、内部照射に相当するかがわからないので、この数値を内部被爆の許容量とするわけには行かない。
さて自然に人間が受ける被爆量は、平均で2.4mSvと見積もられている(この見積もり値には、1.0—2.4ぐらいの幅がある)。これは、常に人間が晒されている外部被曝と内部被曝の総計の1年分である。ということは、平均すると、0.274μSv/hとなる。このうち、約30%が内部被曝のようなので、 人間体内(1kgあたり)は自然に毎時、約0.1μSv/h被曝している。これくらいの被曝量は、体内で処理できていることになる。ただこれ以上どのぐらいまで、修復能力があるのか、データはない。まあ2—3倍程度とすると、約0.3μSv/hぐらいまでは大丈夫かもしれない(この推定には十分な科学的根拠はない)。これより多くの体内被曝は、様々な健康障害を引き起こすであろう。研究者仲間では、こうした「これ以下なら大丈夫という値」(しきい値という)があるかどうかはまだ決着がついていない。ここで出した0.2μSv/hが内部被曝のしきい値に相当することになる(0.2なのは、自然に被曝している分を差し引いたもの)。
さて一般市民の年間線量限度は、自然と医療由来のものを除いて1.0mSvとされている。この数値には内部と外部の両方が含まれていると仮定する。しかも、内部被曝をその10%としておこう。外部被曝するときには、内部被曝もする可能性がある,しかし,どのぐらいかは、個々の事情によるので、10%は単なる目安にすぎない。さてこの仮定のもとで、許容される内部被曝量は、年に均一に被曝したとすれば、1時間当たりの内部被曝量は、0.01μSv/hぐらいで、修復可能なようである。同じ量の被曝を1ヶ月に受けるとすると、0.14μSv/hで、修復できるぎりぎりのところである。
福島原発での作業員の年間許容被曝量が250mSvに引き上げられた。作業員の被爆下での実働時間が3時間x200日として、600時間/年。平均して約400μSv/hの被爆を許容することになる。これ全てが外部被爆であるならばあまり問題はないであろうが、呼吸とともに放射性物質を体の中に取り込む危険はあり、それが、たとえ許容される400μSv/hの1%(4μSv/h)であっても、体の修復能力をはるかに凌駕する。
最も危険な基準値設定の一つは、福島の放射能汚染地区の学校で子どもたちの被曝許容量を20mSv/年に設定したことである。年に屋外で遊ぶ時間を2時間/日で、250日/年とすると、500時間で20mSv、すなわち40μSv/hの被曝となり、この全被曝のうち1%ぐらいが内部に入って内部被曝を起こすと仮定すると、0.4μSv/hの内部被曝になり、上で推定したしきい値を凌駕する。これは、仮定の上に仮定を設けた推測なので問題だが、内部被曝がもっと大きな割合であったり、たまたま平均値よりもかなり高い放射線量の場所と時間に遭遇したりすれば、さらに不利な状況におかれることになる。
先にも述べたが、実際はこれらの基準値は、おそらく内部被爆を想定してはいない。そこに放射線源があるから放射線が出るのであって、その場にいる人が、外部被曝しか受けないというのは、はなはだ疑問である。以上3つの例で示したように、体内に入った放射性物質ならば、かなり少量でも体の修復能力を超過して、たとえ直ぐにではなくとも、ガンも含めた健康障害が出る可能性がある。
内部被爆問題はもっと複雑で、はっきりしたことを言うことは困難である。先ず、放射性物質が水に溶けているのか、粉末状か、これにより体内への侵入の仕方が違う。前者は口から消化器系統を通り、胃腸から吸収されるかも。前者ならば、肺と呼吸器系統に入るであろう。次に放射性物質の化合物形態、これはそれらがどのように体内に分布し、どのように、どのぐらいの速さで排泄されるかに関係する。最後に核種,I-131かCs-137か、はたまた別のものか(多くはそれらが混ざっているだろう)、これは、入った放射性物質がどのぐらい長く放射能を出し続けるか(半減期)に関係する。I-131なら、かなり速く消滅するが、Cs-137ならかなり長く放射線を出し続ける。
I-131は特殊な作用をする。甲状腺ホルモン(チロキシン)には I(ヨード)が含まれている。さて、普通のヨードは、I-127で放射性はない。甲状腺は、このホルモンを作るためにヨードをとり込むが、非放射性と放射性のヨードを区別することができず、放射性のものも取り込んでしまう。だから、甲状腺に放射能を持ったI-131も取り込まれ、そこでベータ線、ガンマ線を出して、細胞をガン化させてしまう。これをある程度予防するために、普通のヨードからできているヨー化カリが処方される。放射性ヨードを薄めて、甲状腺に取り込まれるのを少なくしようとするものである。
被曝する側の状態が被曝による健康障害にどのような関係があるかの問題も考えてみる必要がある。体内の組織・細胞の状態・全体の健康状態いかんで、同じ放射線量を受けても反応が違うことは当然である。これも、内部被曝の影響を予測しがたい原因の一つである。一般的に言えることの一つは、乳幼児に,ということは、胎児を抱えている妊婦にも、特に内部被曝の影響が大きいということである。人間の成長初期は、急成長期にあるので,体の中の細胞は、大人と比べて非常に活発に分裂を繰り返している。先にも述べたように、DNAの内でも、特に細胞分裂をコントロールする部分への放射線照射の影響が最も怖い。胎児、乳幼児では、大人と比べてこうした遺伝子が多く活動している。そこで、放射線被曝の影響は、大人と比べて格段に敏感である。おそらく、妊婦・乳幼児では、内部被曝のしきい値は、先に述べたものよりもかなり小さな値であろう。
汚染された食べ物、飲み物による内部汚染は、汚染程度と食べた・飲んだ量がわかれば、推定できるはずだが、個人がそんなことを自分でできるわけがない。そして、これも、一応の暫定値が決められているが、その適用は、あまりにも不確定要素が多すぎて、上での議論のようなことはしても無駄であろう。
(日刊ベリタ2011.04.25より転載ー落合栄一郎)

4.18.2011

原発を廃棄せずに運転しつづけたらー最悪のシナリオ

皆様:

 原発を残しておくべきだという意見が、まだ多く残っています。それは、電力供給が原発にかなり依存しているから、それを廃止したら困るという議論です。原発の必要性は、それほど深刻な問題ではないということは、先の田中優さんの話でもかなり納得できるところです。しかし、それでもなおという方には,次の最悪のシナリオ(落合:日刊ベリタ2011.04.19掲載)をお読みください。脅かすわけではなく、原発を続けていたら、かなりの確率で起こりうることだと思います。では、



原爆/原発/軍事的自衛


日本は、第2次世界大戦の最後に原爆を二つ落とされ、アメリカの水爆実験では漁船第5福竜丸乗組員が被曝、そして今回の原発の事故による放射性物質の拡散と様々な放射能被害に遭ってきた。

人類は、放射性元素の発見(有名なキューリー夫人が最初)に始まり、核分裂反応を発見した。第2次大戦後期には、核分裂を応用した大量破壊兵器を、ドイツが開発しているというウワサに基づき、それに負けじと、アメリカが原子爆弾開発を急いだ結果、実用可能なものが、1945年始めに完成した。人類というものは、可能だとなるとそれを実現しなければならない(科学・技術段階)、そして、それを完成したとなると、それを使用しなければならないという衝動を抑えるのがむずかしいようである。原爆はちょうど大平洋戦争が、最終段階に入る時にできたので、それを使いたい。原爆を使わずとも、日本が降伏することは、かなりの正確度で予想されていたにもかかわらず、原爆使用を正当化するシナリオを作り上げて,原爆を1つならず2つも落とした。1つ落とせば十分なのに、どうして2つ落としたか、それは、原爆とはいえ、2つは別のモノを使って作った(ウランとプルトニウーム)ので、2つとも実験してみたかったようである。

戦後、対立するソ連が、原爆開発に乗り出し、西欧諸国もそれに参加、アメリカは、さらに強力な大量殺人兵器−水爆を開発,実験を行って、それに日本人がまたも巻き添えをくってしまった。これらの原爆開発国は、その「悪魔」性を少しでも軽減させる(自分達自身も他の人をも納得させる)ために、この原理は平和的目的にも使えるのだということを世界に知らせるために、原子力発電なるものを開発しだした。そして、原爆の被害を受けた日本でこそ、原子力の平和利用を促進することは、宣伝効果(悪魔性収縮効果)があるというわけで、日本へ原発開発を持ち掛けた。日本側には、それによって利益を受ける集団が進んで、原発開発に乗り出した。その結果が現在日本全国に分布する54基の原子炉である。

さて,原爆では、瞬時に莫大な熱が発生し、強風を引き起こした結果、瞬時に多数の死者を出した。その上に、原爆が放出した放射性物質が、生き残った人々の体内に入り込み、放射線による内部被曝の結果、様々な後遺症、健康障害を引き起こし、生き残った人々を苦しめた。

原発の問題は、これと同様に、(この場合には事故により)放射性物質が原発施設外に出てしまうことによる。それが、人々に原爆の後遺症と同様な被害を及ぼすことにある。それがどの程度になるかは、今後放射性物質の漏出をどの程度うまく抑えられるかによる。さてこれが、日本人の被曝の第4回目である。

今ある原発を停止して放射性物質(燃料棒)を安定な状態に持って行かずに、運転を継続したら、どうなるかを考えてみよう。日本は、地震多発地帯に位置しており、いつまたかなり大きな地震が襲わないとは限らない。これは誰もが,予想していることである。そして、原発は、海岸沿いに造られていて,地震ばかりでなく津波の影響を受けることは必定である。福島原発は設計の段階で、十分な津波対策は考慮されていなかったらしいし、これ以外の現在稼働中の原発がどの程度災害対策ができているか、非常に疑問である。その上、プルサーマルや、高速増殖炉のような、より危険な炉も稼働している。次の地震・津波では、さらに大きな危険が予想される。それは、現在よりも苛烈な放射能被害をもたらすかもしれないーこれは日本の被曝第5回目ということになる。

もう一つ、現在、東アジアの国際間が緊張しており、日本国内では、自衛力強化を促進している。ということは、いざという場合、武力による対応を考慮しているのであろう。現在の国際間の武力衝突では、長距離からのミサイル攻撃が先制するであろう。敵は何をターゲットにするだろうか。軍事基地が先ず最初であろう。2番目は、おそらく日本全土にある原発であろう。これにミサイルが打ち込まれて、原子炉が一部でも破損したらどうなるか。放射性物質の漏出である。日本中がこれにより放射能で汚染されることになる。このあと、(この間、日本側も相手側をかなり破壊することはできたとしても)日本は数世紀は人間が住めなくなる。これが日本の第6番目のそして最後の被曝になるであろう。

こんな未来図は、望ましいことなのであろうか。このような未来を避けるためには、(1)原発廃棄,(2)武力に依存しない国際間の軋轢回避(平和憲法を堅持し、世界各国に原爆・その他の兵器放棄を呼びかける)しかない。

4.11.2011

原発は「必要悪」ではなく、単なる「悪」

社民党福島党首が、この期を「社会変革」のよい機会と捉えて、識者との対話を始めた。その第1回が、田中優氏との対話である。それは、ユーチューブ上で見られる(http://www.youtube.com/watch?v=KhEEwZ7xKyE)。これは、非常に重要で示唆に富んでいる発言なので、是非ご覧になって頂きたいが、その要旨をここに記しておきます。

(1)現在の震災とそれに端を発する原発/放射能の危機を世の中を変える端緒と捉えよう。原発の危険性は十分に証明されたが、原発は「必要悪」と考えられている。これは間違いである。その理由を下に記すが、その必要性が十分に否定されるならば、原発は「悪」に過ぎなくなる。
(2)原発の代わりに自然エネルギーへ転換することには様々な利点がある。原発は、大規模であるが、その規模に比較して雇用数が少ない。 現在、日本が電力供給のための輸入に使っている年間23兆円を自然エネルギー開発に振り向けたら、地域開発、雇用増大に大変な貢献をする。しかも、安全で、電力コストも安い。ドイツでは、このような自然エネルギーを促進した結果、80万人ぐらいの雇用を作り出した。
(3)現在メデイアに登場する広告の最大のスポンサーは電力会社で、そのためにメデイアは原発などに関して十分正確な情報を提供していない。このような事情は今こそ替える好機である。すなわち電力会社による広告業界の専横を禁止する。
(4)なお原発は、現在55基ほどあるが、その建設は、政府からの助成金(すなわち国民がはらった税)に多く依存している。
(5)自然エネルギー開発に歯止めをかけていることの一つに、送電系統が民間電力企業に握られていることがある。電力供給は、発電、送電、配電するシステムからなる。送電は,いわば、道路である。道路は普通公のものであり、送電も公有にすべきである。例えば、北海道で、風力発電を開発しようとしても,北海道電力が、送電系統を利用させないという足かせがある。送電システムが公有になればそのような邪魔はなくなる。
(6)さて問題は、電力の需要である。まず、総電力需要の4分の3は、家庭以外の事業所のものである。また、ピーク時の使用電力の91%は事業所。家庭でいかに節電しても、あまり影響がない。電力需要のピークは夏、気温31度以上になる真昼の2−3時間であることは、わかっているし、気温の予想はかなり確実である。したがって、この間の節電を事業所に知らせ,協力してもらうことは困難ではないし、事業所も計画的に対処できる。家庭の単位電気料金は、使用量と共に上がる(だから夏の最中は高くなりー節電を誘導しようというのだが、家庭使用料はたかがしれている)。一方、事業所の単位電力料金は、逆に使用量に従って安くなる。これでは、節電をするメリットがない。そのため、やろうとすれば出来る省エネ製品を導入していない。
(7)現在の日本の電力会社の年間稼働率は、全体で約55−60%ぐらいと低い。ヨーロッパでは平均70数%であるから、稼働率を少し上げるだけで、上昇する需要を賄える。
(8)以上のような事情を考慮すれば、原発は必要ないことがわかる。したがって、原発は「必要悪」ではなく、「悪」にすぎない。