『美味しんぼ』—鼻血論争−その1
2014.05.15
福島事故から3年余、放射線の健康への影響の公式調査は、福島県の子供達の間の甲状腺異常についてのみである。しかし、様々なサイトで、鼻血を含め、様々な障害が観察・報告されている。脱毛、紫斑、過度の疲労など、心不全などの増加傾向その他などである。その他には、家畜の異常、死亡した家畜の体内でのセシウム濃度の特定臓器への濃縮などなど、学術研究も含めて様々な報告がある。しかし、現象の性格上、健康障害と放射能との因果関係を科学的に立証する事は容易ではない。そのため、放射能の危険性をなるべく過小評価し、それを市民に納得させたい側は、科学的に立証されていないーだから問題はないと強弁する。科学的に有為な因果関係が今のところ立証されていないことは、しかし、因果関係を否定するわけではない。
さて、鼻血であるが、鼻血の原因は多数あるし、鼻血を出し易い体質、そうでない体質様々な理由で、放射線との因果関係を確立するのは、とくに困難である。現在、論争されている点は、先ず放射線防護専門家などによる「頭からの否定」がある。その根拠の一つは、広島・長崎の原爆からのデータ(といっても鼻血に関するデータはほとんどないーそういう現象がなかったのではなく、データをとってなかったにすぎないー肥田医師は、鼻血を頻繁に目撃していた)である。これは、死の灰の微小粒子などが、呼吸によって、鼻など付着する可能性などは、考慮されていない。もう一つの根拠は、チェルノブイリ事故後に当時のソ連政府が「放射能恐怖に基づくストレスが主たる原因」であるという、放射線の生理作用を否定する考えである。これは、当時の政府が事故の責任回避のために発明したいいわけである。ストレスがどのような機序で、健康障害を起こすかなどについての説明は一切ない。それを、今回も、日本の「専門家」が持ち出している。
こうした確たる否定を専門家がおっしゃるのだから、問題はないと市民に印象づけることが狙いである。このレベルの否定は、科学的にはすでに充分に論破されているのだが、それは、こうした問題を充分に深く考え、学ぶ努力をしていなければ、論破できない。なお、筆者は、「ストレスによる障害」が全然ないなどと、全否定しているわけではない。
もうすこし、より科学的と考える人達による、否定的な論評は、やはり鼻血と放射能との因果関係が科学的に立証されていないという点である。それは、確かなのだが、逆の、「放射能とは無関係」という非因果関係も科学的に立証されているわけではない。というより、鼻血—放射線因果関係否定派が、この逆の非因果関係の立証例を提示しているわけではない。
さて、マンガは現実にある事象を報告しているに過ぎない。そして、ある専門家や、現場を深く経験した元町長の談を紹介している。こうした専門家も、科学的立証の困難さを充分に弁えている上に、因果関係の可能性の科学的根拠を提供している。この最後の点、因果関係の可能性の科学的根拠を広範なレベルで考察したのが、拙著『放射能と人体:細胞・分子レベルからみた放射線被爆』(講談社、ブルーバックス)である。こうした問題に興味のある方は是非お読みいただきたい。鼻血問題は、1つの例に過ぎず、さらに多くの深刻な問題があるので、鼻血問題に拘泥してはいないが。
今回のこの騒ぎは、実は、放射能の健康への深刻さをむしろ表明しているようなものである。それほど深刻でないならば、このように大げさに騒ぎ立てる必要はない。騒ぎ立てて、多くの市民に、否定的な意見のほうが、主流であり、放射能は安全と考えて差し支えないということを印象付けようとしているものと思われるが、市民の多くは賢明で、むしろ、逆の印象を受けるものと思われる。
なお、否定論の目玉の一つは、これが、「風評被害」を起こすから問題だという点のようです。先ずこの場合の「風評被害」はどのようなものがあるのでしょうか。鼻血が現実—放射能がまだかなり高いー福島県の農漁業産物が汚染されているーだから買わないーなどということでしょうか。その上に、とんでもない考え方−被爆者から放射能症がうつるーもあるようです。もちろんこんな非科学的なことを信じる人も居るでしょうが、そういった人の再教育までは難しいでしょう。多くの人は、論理的な説明を受ければ、そのウソを見破ることは可能でしょう。風評被害が、避けられないものという前提が全ての議論にあるようです。現実は残念ながら、それに近いのでしょうが、いつまでも、「風評被害」なるものの間違いを正す努力をしないのも、問題のように思います。そのためには、放射能の真実(鼻血ばかりでなく、全体像)を知る必要があるように思います。是非、先に上げました、拙著もご覧になって頂きたいと思います。自己宣伝で恐縮なのですが、是非、放射能問題の全体像をつかんでいただきたいのです。
『美味しんぼ』—鼻血論争—その2
2014.05.17
この論争は、日本全体を巻き込んで、なかなか終息しそうもないようである。おそらく、徹底的に論争し、問題点を明確に、市民が意識することは望ましいと思われる。しかし、そのなかで、福島の市民(に限らない)で、実際に鼻血も含めて様々な健康障害を受けている方々の愁訴の声が、忘れられているようです。この点では、被害を受けられている方々にとっては、むしろ迷惑と思われているように伺いました。正直に申しあげて、筆者自身は、海外にいて、日本の実情を直接知る機会のない人間ですので、こうした点に関してはなんらの発言の根拠も持ちません。そこで、MLなどを通して知り得たいくつかの情報を、共有したいことと、この論争に反映されている、放射能の科学的真実について、もう少し申しあげたいと思います。
(A)健康障害のデータ
政府・原子力産業側の基本的な責任回避の態度から、市民の健康維持に責任を持つ自治体などによる正式な、健康調査などは、福島県の子供達の甲状腺異常に関するものと除いて、見られない。民間では、健康障害についての主観的報告を集めるという努力(たとえば、http://sos311karte.blogspot.ca/)もあるが、充分なものは得られるはずもない。民間人に限られた範囲ではあるが、福島とチェルノブイリに関するデータを下に掲げる。また、時の民主党政府に対して、国会で自民党議員が、放射能の健康障害に懸念を表明しているという例も知らされた。
(1)三木氏の報告から引用する。それは熊本学園大の中地重晴氏の調査報告http://repo.lib.hosei.ac.jp/bitstream/10114/8738/1/661nakachi.pdfだそうである。その一部は「 多重ロジスティック解析を用いた分析結果は,主観的健康観(self-rated
health)に関しては,2012年11月時点で,木之本町に比べて,双葉町で有意に悪く,逆に丸森町では有意に良かった。更に,調査当時の体の具合の悪い所に関しては,様々な症状で双葉町の症状の割合が高くなっていた。双葉町,丸森町両地区で,多変量解析において木之本町よりも有意に多かったのは,体がだるい,頭痛,めまい,目のかすみ,鼻血,吐き気,疲れやすいなどの症状であり,鼻血に関して両地区とも高いオッズ比を示した(丸森町でオッズ比3.5(95%信頼区間:1.2,10.5),双葉町でオッズ比3.8(95%信頼区間:1.8,8.1))。」
(2)チェルノブイリでの調査(広瀬隆氏によるたんぽぽ舎に掲載された報告)
チェルノブイリ市 (原発から約17キロ)の避難民のアンケート回答者2,127人
(人々は事故からおよそ8~9日後に避難した)
*「事故後1週間に体に感じた変化」
頭痛がした 1,372人
64.5%
吐き気を覚えた 882人
41.5%
のどが痛んだ 904人
42.5%
肌が焼けたように痛んだ
151人 7.1%
鼻血が出た 459人
21.6%
気を失った 207人
9.7%
異常な疲労感を覚えた
1,312人 61.7%
酔っぱらったような状態になった
470人 22.1%
その他 287人 13.4%
*「現在の健康状態」
健康 58人 2.7%
頭痛 1,587人
74.6%
のどが痛む 757人
35.6%
貧血 303人 14.2%
めまい 1,068人
50.2%
鼻血が出る 417人
19.6%
疲れやすい 1,593人
74.9%
風邪をひきやすい
1,254人 59.0%
手足など骨が痛む
1,361人 64.0%
視覚障害 649人
30.5%
甲状腺異常 805人
37.8%
白血病 15人 0.7%
腫瘍 80人 3.8%
生まれつき障害がある 3人
0.1%
その他 426人 20.0%
(3)2012年3月〜6月での第180国会での質疑応答(たんぽぽ舎に掲載された渡辺秀之氏の報告)
*第180回国会 予算委員会 H24年3月14日(水)
自民党:熊谷大議員の細野豪志国務大臣への質問:
「大きな不安はないというふうにおっしゃっていますが、ほかの県南の地区も、これ、保健便り、ちょっと持ってきました。ある小学校の、(宮城)県南の小学校の保健便りです。四月から七月二十二日現在の保健室利用状況では、内科的症状で延べ人数四百六十九名。内科的症状では、頭痛、腹痛、鼻出血、これ鼻血ですね、順に多くということ、これ結果で出ているんですね。これ、県南でもやっぱりこういう症状が出ると心配になるんですよ。それにどういうふうに、本当に
不安はないと言えますか。」
*第180回国会 憲法審査会 H24年4月25日(水)
自民党:山谷えり子議員の発言:
「井戸川町長が雑誌のインタビューでこんなことを言っていらっしゃいます。
(中略)それから、国、東電は、止める、冷やす、閉じ込めると言い張って絶対に安全だと言ってきた結果がこれで、我々は住むところも追われてしまった。放射能のために学校も病院も職場も全て奪われて崩壊しているのです。私は脱毛していますし、毎日鼻血が出ています。この前、東京のある病院に被曝しているので血液検査をしてもらえますかとお願いしたら、いや、調べられないと断られましたよ。我々は被曝までさせられているが、その対策もないし、明確な検査もないという。本当に重い発言だと思います。」
*第180回国会 東日本大震災復興特別委員会 H24年6月14日(木)
自民党:森まさこ議員の発言
「先ほど言ったように、様々な声がありまして、これから子どもが結婚適齢期
になったときに、二十代、三十代のときに、もし病気になったらどうするんですかというような心配する親御さんの声があります。これに関しては、今までのこの国会での政府答弁ですと、残念ながら、大臣は東京電力に裁判してくださいということでした。それですと、被害者の方が、子どもたちの方が、この病気は原発事故によるものなんですよということを立証しなければいけない。これはほとんど無理でございます。そういったことがないように、この法律で守っていくものというふうに私は理解しています。。。」
(B)政府/原子力機構などの対応
上で報告されているように、国会議員が、政府・東電への刑事責任追求の回避を問題視しているが、この態度は、事故後からの行政の態度であったようである。事故後の伊達市における住民説明会での原子力災害現地対策本部 住民支援班長の住民からの質問への回答の一部:「健康影響っていう形でゆくと、その生活をですね、普通に生活される分については、国としてはですね、制約をもうけるわけではないということですので、普通にお暮らしいただいて問題ないという風に考えているところでございます。。。。えー、こうした放射線被曝でですね、健康影響が確認されるというようなことが将来的にある場合にはですね、当然その因果関係も含めて整理されるべきことかと思いますし、最後はですね、大変申し分けにくいことなんですけれども、司法の場での話しになる可能性もありますけれども、そうしたことについて出来る限り、対応というのは国として、誠意を持ってやってゆくべきことだと、、、、やや基本的な対応になってしまいますけれども、、、、まずはですね、そうした放射線による健康影響のないような取り組みを、、、、」ここには、政府が、責任を軽減するために、健康障害について、住民側からの司法的訴訟に訴えさせ、その原因の立証責任を住民側に押し付ける策を、最初から考慮していたことを示す。そのため、立証に必要なデータを隠蔽する意図を最初から持っていたことを伺わせる。(http://kasai-chappuis.net/IraqNewsJapan/CircleA.htm#CircleA20110714より)
(C)放射能の健康への影響についてのいわゆる専門家の科学的態度の欠如
この論争で、いわゆる専門家と称する科学者が、鼻血など、現在のような低線量で出るはずがないと豪語していて、それを専門家の意見だから本当なのだろうと、多くの、しかも脱原発を標榜している人々も信じているらしいのを残念に思います。こうした専門家の、特に声を大にして発言される方の、議論の根底には、放射能問題の根本の理解が不足していて、それが誤った結論に達してしまうのですが、ご本人達は、そういうことを自ら反省する態度は持ち合わせていないようです。科学者としての基本的態度が欠如しているようです。これを議論するには、かなりの科学的議論を申しあげる必要があり、この欄では、不適当とも思われるのですが、聞いていただきます。無視して頂いてもかまいません。
(1)http://togetter.com/li/667350の方は、典型的な放射線防御学専門家のようです。その方の云っておられることは、放射線生物学なる学問の典型的な教科書に書いてあることです。この学問は、ICRPなる組織が1928年に創立された基になったもので、その当時の診療に使われだしたX−線への被爆対策に最大の関心がありました。ということは、X−線という体外からしか照射されない、従って、いわゆる外部被爆に関してで、内部被曝は考慮外にあるのです。この方の記述の基礎になったのは、動物へのX−線照射の実験に基づくものです。なお、この事実は、私の最近の「放射能と人体:細胞・分子レベルからみた放射線被爆」(講談社、ブルーバックス)でも記述しておりますー鼻血に焦点をあてているわけではないが。この方によれば、高線量にさらされて骨髄が破損し、血小板が壊されなければ、鼻血はおこらないーはずだとなるようです。だから、現在のような低線量状況下では、鼻血など出るはずがないとなる。現実には上に紹介したように、鼻血を出す人はかなりいるのです。血小板は、血管が破損して、血液が流れ出すのを防ぐ為の、修復作用をするので、出血を予防するものではありません。また、内部被曝的作用は全然考慮されていません。
(2)http://preudhomme.blog108.fc2.com/blog-entry-249.html;http://preudhomme.blog108.fc2.com/blog-entry-252.htmlでは、詳細な計算も加えて、おそらく内部被曝と同様なシチュエーションでの鼻血の機構を論じているが、低線量では、鼻血はありえないという結論に持っていかれています。ここで、根本的な誤解は、「活性酸素」なるものについてです。おそらく、活性酸素というのは、1つの化学種と考えられているようです。そして、それに基づいて議論を展開しています。この方は、体内でいつでも生成している活性酸素と、放射線によって水分子からできる活性酸素が同じものという誤った仮定から出発しています。先ず、活性酸素はなにかーそれは、通常の酸素(空気中の)より活性(反応性)の高い化学種の総称で、1重項酸素、過酸化水素、スーパーオキシドラジカル、ヒドロキシルラジカルなどです。体内、ミトコンドリアなどで、常にかなり生成されているのは、スーパーオキシドラジカルで、これに対抗するため、スーパーオキシドラジカルデイスミュターゼと云う酵素が用意されています。なお、なぜこんな危険な化学種を生体は作り出しているかというと、これを侵入してくる細菌などを攻撃するのに使うためもあります。過酸化水素はカタラーゼという酵素で分解されます。放射線によってできるヒドロキシルラジカルに対処する酵素は存在しません。その上、放射線の直接的な作用(水分子のみならず、そこに存在するあらゆる分子を破壊する可能性)も無視されています。こうしたことを考慮にいれていないので、この方の議論は、誤った結論になるのです。
以上、簡単に鼻血—放射線因果関係の否定説の欠陥を議論しました(なお念のために申しあげますが、鼻血の全てが放射能によるとは云っていません;放射能によっても起る可能性を議論しているだけです)が、このことに限らず、放射能の生体への影響については、科学的な研究は、残念ながら、まだまだ充分ではありません。というより、人類はこの問題に対処せざるをえない状況になったばかりです。そのうえ、この原因を作り出している原子力産業は、自己の産業を保持、推進するために、マイナス面を極力隠蔽し、市民が原子力・放射能と共存することを納得するように誘導する努力に懸命です。それを助長している専門家なる科学者の反省を望みたいものです。
『美味しんぼ』—鼻血論争—その3
この欄(日刊ベリタ)に、アメリカの専門家と称する人の見解が、科学的を標榜して掲載されました( http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=201405211107233)。もちろん、様々な意見があっても当然なのでしょうが、こうした専門家による「科学的」と称する論は、おそらく、多くの人に、真実と捉えられるものと思います。これは、現在の科学の、最前線ですら、十分な科学的態度で検討されていないことの良い例にすぎません。その点の簡単な反論は、私の「美味しんぼ」−鼻血論争—その2(日刊ベリタ、2014.05.17)に書きましたので、上の議論と比較して、判断をお願いします。私は、正直なところ、放射能の生体への影響の専門家ではありません。おそらく、そんな人間のいうことが信用できるのかと、お考えになるでしょう。しかし、放射能の生体との関わりを、素人の科学者が、論理的に、科学的態度で、いわゆる専門家が考慮していない事柄も考慮に入れて総括的に検討すると、
こういうことになるという議論です 。実際、専門家なる人達の考えの多くは、非常に限られた狭いものの見方からしかなされていないのを残念に思います。さて、私の議論の簡単な纏めが、「原爆と原発」(鹿砦社、2012)と最近の「人体と放射能:細胞・分子レベルからみた放射線被爆」(講談社、2014)です。これでは、鼻血の問題そのものは直接には扱っていません。より一般的に、内部被曝の機構を考えています。
ところで、こうした議論はさておき、現実はどうなのか、鼻血などは、出ていないというのは本当なのか。OurPlanet-TVの最近の動画 http://www.ourplanet-tv.org/?q=node%2F1785を是非ご覧ください。これには、母親や先生達がその経験(子供達の鼻血も含めて、様々な障害の現実)を切々と語っています。こういった体験談がウソであるとは、とても考えられないでしょう。そして、これらの経験談から、はっきりしてきた事は、こうした現象(鼻血その他)が、福島事故後に現れたことです。これらの母親達が表明しているように、今回の鼻血論争で、環境大臣/首相までも、出版社に抗議するというような異常事態は、こうした市民の真実を語る声を押しつぶす企てであり、放射能の安全神話を押しつけ、脱原発の動きを圧殺する動きです。
なお、今日の朝日新聞によれば、先に日本市民から募集した「エネ計画のパブリックコメント」の結果は、応募者の9割超が、「脱原発」であったのに、それを政府は、伏せていたのだそうです。そして、伏せておいて、原発を基幹エネルギーの一部にするなどという政策をうちだした。そのためには、放射能との共存を日本市民に納得させなければならない。そのためには、このくらいの低線量は健康に影響はないのですよと主張し続けなければならない。今回の鼻血論争は、こうして、日本国民の大多数が反対する原発推進という政府の政策を、更に明らかにしたことになる。
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